テレクラにおいて準備は有効か

テレクラにおいて準備は有効か

テレクラのツーショットダイヤルを利用するにあたって、テレクラ女性とする会話内容の入念な下準備をするべきなのかどうか。もし、準備をするならば、どの程度、何を準備すべきなのか、ということに悩まされることもあるのではないのかと思います。

何事においても、「準備はすればするほどよい」という側面があることは確かです。そのような見地から、テレクラにおいても、会話内容の下準備はしたほうがいいに決まっている、ということを断言する傾向はあります。

実際、テレクラ初心者が何も用意せずにテレクラ遊びに望んだ場合、途方に暮れることになるから、ツーショットダイヤルを始める前に話題を見繕っておくのがよい、というような「テレクラの初歩の攻略法」はいたるところに散見されます。

もちろん、相手に好印象を与えることができる挨拶と、「どのような女性なのか」という糸口をつかめるような弾力のある質問などは、ある程度準備しておいて損はないでしょう。

しかし、「準備はすればするほどよい」とは一概にいえないような場面もテレクラではたびたび起こります。

「準備されたもの」はイレギュラーに対して非常に弱いという性質を持ちますので、イレギュラーであることが基本であるテレクラにおいては、「何かを準備する」こと、その「準備されたもの」への全面的な信頼によって、不測の事態への反応速度を失うことに繋がることもあります。

また、「準備された話題」というのは、ある種の会話に敏感な相手には「これは準備してきたやつだな」だとか「自分以外の全員に同じようなテンプレの話題を振っているのだろう」という印象を与えることもあるでしょう。

どのようなテレクラ女性と繋がるのか、テレクラ女性との会話がどのように進展していくのかは、繋がったテレクラ女性ごとに違います。

個々のテレクラ女性の違いを見極めながら、その会話のプロセスのなかで相手の諸特徴を掴み、会話を流動的に変化させながら盛り上げていく、というような当意即妙な会話術、毎秒ごとの瞬時の判断力といった能力がテレクラ利用者には求められます。

テレクラの会話はつねに丸腰でもある

テレクラにおいて、会話内容などを「準備」することはまったくの無駄ではないのですが、その「準備」がまったく役に立たないような場面が不意にあらわれるということを知っておくことは重要でしょう。

あらかじめ準備してきたものがまるで通用しない、と判明した瞬間に、その準備してきたものをいかにしてあっさりと捨てることができるか、そして、捨て去ったあとの丸腰の状態からいかにして体勢を持ち直して出会い交渉をしかけていくか。テレクラというのは、どうも、この連続であるようにも思われます。

そのように考えていくと、テレクラというものは、つねに丸腰の徒手空拳で会話にのぞむ即興的な場所であるといえるのかもしれません。

テレクラでもし「準備」できることがあるとすれば、それは、「丸腰のゼロの状態から始めなければならない地点に立たされることが多々ある」ということに対する、「心の準備」ということになるのかもしれません。

その「心の準備」をすましたうえで、「丸腰のゼロ地点から対話を構築していく」という地点において、テレクラ女性のどんな会話内容にも即座に対応できるように、日々、世の中のあらゆるものにアンテナを張り巡らせておく、というような意味での「準備」はかなり有効であるように思われます。

いつ使うか、どのように使う場面があるのかまるでわからないような知識、使えるかどうかわからない「ガラクタ」としかいえない「話題」を、たえず脳の片隅に放置するようにしてストックしておき、それが使えるようなテレクラ女性が登場するまでは捨て置いたままにしておく。無理に使おうとしない。

ムダ知識の蓄積と応用。これはテレクラにおいてなかなか有効であるように思われます。ハードルをあげることになりますが、どんな相手がきてもそれなりに番組を進行させるテレフォンショッキングのときのタモリや、赤塚不二夫の弔事を読んだときのタモリなどを参考にするとよいでしょう。